恒星間ボトルメール

Interstellar Message in a Bottle

90年前に描かれたディストピア『すばらしい新世界』(1932)【文学は孤独につける薬】

2022年第29週はオルダス・ハクスリー(Aldous Huxley)によるディストピア小説すばらしい新世界』(Brave New Wolrd)です。ジョージ・オーウェルによる『1984年』(1949)と並び立つディストピア小説の傑作です。

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すばらしい新世界

この小説で描かれるディストピアは一言で言うなら、「苦悩の原因が用意周到に取り除かれた世界」です。苦悩とは無縁の生活なら大歓迎という人は、ぜひこの小説を読んでその無味乾燥さを目の当たりにしてみてください。

たとえば、憂うつを取り除くためにドラッグが全面的に推奨されています。たとえば、男女の恋愛による苦しみを味わわずにすむようパートナーを一人に限定するのではなく自由な異性間交遊をすることがモラルになっています。さらに、子育ての辛さや家族内のごたごたを無くすために、親子という概念を根絶し、完全に体外で受精卵から赤ちゃんを育てます。そして、これらの道徳観を人々に植えつけるために、子供の頃から教育用テープを睡眠時に繰り返し聞かせるという洗脳教育を施しています。

ディストピアの具体的な設定は小説内でさらに緻密に描かれています。ぜひ手に取ってご覧ください。

苦悩の原因が用意周到に取り除かれ辛いこととは無縁の生活は一見ユートピアのようです。しかし、この私達が生きている現実世界の喜びは苦悩と表裏一体です。苦しく困難だからこそそれを乗り越えたときに嬉しいのです。辛いことがない生活はすなわち大きな喜びのない生活です。苦しみの原因を取り除かれた世界で酔って生きるよりも、苦しみに満ちたこの世界で醒めたままで生きるのが良いと感じさせます。

しかし、苦しみを肯定するこの思想は、社会における格差を肯定することにつながるので注意が必要です。格差をゼロにすることを急進的に目指せば社会主義国家の失敗の二の舞いになりますが、格差は縮小していくべきです。

ハクスリーは90年前の時点で科学技術の発展を緻密に予想して、2022年の今でも色褪せていない問題を我々に突きつけています。

FUTURE