恒星間ボトルメール

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【血液検査所見シリーズ】若年女性の脱力の検査所見を見てみよう!

今回は、医師国家試験の症例問題を取り上げて、検査所見を分析します。

症例(26歳女性の脱力)

さっそく、症例を見ていきましょう。

26歳の女性脱力を主訴に来院した。小児期の成長は正常。意識は清明。身長160 cm、体重46 kg。血圧96/60 mmHg。血液生化学所見:Na 140 mEq/L、K 2.4 mEq/L、Cl 89 mEq/L、血漿レニン活性〈PRA〉4.0 ng/mL/時間(基準1.2~2.5)、アルドステロン25 ng/dL(基準5~10)、動脈血ガス分析(自発呼吸、room air):pH 7.51、PaO2 98 Torr、PaCO2 44 Torr、HCO3- 36 mEq/L。

診断はどれか。2つ選べ。(医師国家試験103D25より)

急性下痢、Bartter症候群、Gitelman症候群、ループ利尿薬の乱用、原発性アルドステロン症

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脱力を主訴に来院した26歳女性の症例です。「小児期の成長は正常」という記述がポイントになりそうです。

検査所見

意識は清明とのことです。GCSでいうと「E4V5M6」、JCSで言うと「JCS 0」ということになります。

血圧は120/80mmHgよりも低いので高血圧のほうの問題は全くありません。収縮期血圧が100mmHgを切っているので血圧がやや低いと言えます。

BMIは18で18.5以下なので低体重(やせ)です。

www.e-healthnet.mhlw.go.jp

血液検査の所見は以下の表でまとめました。

検査項目 男女別 基準値(下限) 基準値(上限) 単位 症例 基準値との比較 病態
生化学検査 総蛋白(TP) 6.5 8 g/dL
アルブミン(Alb) 4.5 5.5 g/dL
Na 136 148 mEq/L 140 Na+の再吸収が低下するが、集合管におけるNa再吸収により正常値
K 3.6 5 mEq/L 2.4 集合管のNa+/K+-ATPaseによりK+排泄亢進で低K血症
Cl 96 108 mEq/L 89 Cl-の再吸収が低下し、低Cl血症
Ca 8.4 10 mg/dL
P 2.5 4.5 mg/dL
Fe 59 161 μg/dL
Fe 29 158 μg/dL
免疫学検査 C反応性蛋白(CRP - 0.3 mg/dL
動脈血ガス分析 pH 7.35 7.45 7.51 アルカレミア。低K血症のため集合管のH+/K+-ATPaseが活性化し、H+排泄が亢進し、代謝性アルカローシスに
PaCO2 35 45 Torr 44 呼吸性代償は出現しにくい
PaO2 80 100 Torr 98
HCO3- 22 26 mEq/L 36 代謝性アルカローシス

生化学検査のほうでは主なイオンとしてNa、K、Clの血清濃度の値が与えられている。低K血症と低Cl血症が見られる。

動脈血ガス検査(Arterial blood gas test)では、アルカレミアと重炭酸イオン(HCO3-)高値が見られた。

また、RAA系の測定値では、レニン高値とアルドステロン高値という結果だった。

Problem List

問診結果と検査結果からProblemを抽出してlist upした。

  • 脱力
  • BMIは18。「やせ」
  • やや低血圧
  • 低K血症
  • 低Cl血症
  • レニン高値・アルドステロン高値(RAA系亢進)
  • アルカレミアとHCO3-高値より、代謝性アルカローシス

病態分析

低K血症と関連する周期性四肢麻痺の発作としての脱力と考えられる。

https://higashisaitama.hosp.go.jp/medical_information/periodic_paralysis.htmlhigashisaitama.hosp.go.jp

ここで、選択肢を検討する。「a 急性下痢」では、腸液(塩基)の喪失により代謝性アシドーシスになるはずので不適。このことは次のように整理できる。

消化管の上半分は酸。下半分は塩基。

嘔吐では酸の喪失で代謝性アルカローシスに。下痢では塩基の喪失により代謝性アシドーシスに。

「e 原発性アルドステロン症」ではアルドステロン高値に続くネガティブ・フィードバックによりレニン低値になる。

よって消去法により、Bartter症候群、Gitelman症候群、ループ利尿薬の乱用(偽性Bartter症候群)に絞れる。

これらの尿細管障害という視点で病態を整理しよう。

Bartter症候群と偽性Bartter症候群では、ヘンレループ太い上行脚のNaK2Cl共輸送体(NKCC2)が障害される。Gitelman症候群では遠位尿細管のNaCl共輸送体(NCC)が障害される。

www.jinzou.net

これらの共輸送体の障害により、共通してNaとClの再吸収が阻害される。この時点で、まず低Cl血症を説明できる。

集合管ではNa量が多い。よってNa,K-ATPaseによりNaが再吸収されKが排泄される。これにより低K血症を説明できる。また、H,K-ATPaseによりKが再吸収されHが排泄される。これにより代謝性アルカローシスが説明可能。

重炭酸イオン低値は代謝性アルカローシスである。

Na再吸収の低下により、RAA系は亢進して、アルドステロン作用でNa再吸収を促進する。

重要事項

ループ利尿薬の乱用でBartter症候群(ヘンレループ障害)に似た症状が出る。これを偽性Bartter症候群と呼ぶ。また、サイアザイド系利尿薬の乱用では、Gitelman症候群(遠位尿細管障害)に似た症状が出る。

Bartter症候群とGitelman症候群では、両方ともNa+とCl-の再吸収が低下することから、これらの病態はある程度共通している。

低K血症(Hypo-kal-emia)で、代謝性アルカローシス(Metabolic Alkalosis)が生じる。なぜならH+/K+-ATPaseはH+とK+を交換するから。

語呂合わせを紹介する。

定型(低K)ダイアル(代・アル)

www.rishou.org

診断

Bartter症候群は先天性疾患(AR)であり、多くは新生児、乳幼児期に診断される。Gitelman症候群も先天性疾患(AR)であるが、成人以降に診断されることが多い。

なお、機能タンパクの異常は2つの遺伝子の両方に障害がないと生じないと考えられるので、常染色体劣性遺伝(AR)になりやすい。これらの疾患はこの傾向に合致する。

偽性Bartter症候群はループ利尿薬の乱用で生じる。

「小児期の成長は正常」という記述より、Bartter症候群の可能性は低い。

よって、Gitelman症候群か偽性Bartter症候群が考えられる。

治療

偽性Bartter症候群ならとりあえずループ利尿薬の中止が治療である。

まとめ

Bartter症候群、Gitelman症候群、偽性Bartter症候群、サイアザイド系利尿薬の副作用では、低Cl血症低K血症代謝性アルカローシスRAA系亢進が生じる。

参考

  • 『病みえ 腎・泌尿器 第3版』
  • 『病みえ 糖尿病・代謝・内分泌 第5版』