疾患の勉強をしていて、暗記事項が多すぎるのでうんざりするときはありませんか。そんなときは、症例ベースで勉強するのも楽しいかもしれません。そこで、今回は医師国家試験の症例問題を取り上げて病態を分析!
疾患の知識を整理してみてください。
症例(27歳女性、両下肢の筋力低下)
さっそく、症例を見ていきましょう。こちらは第100回Iブロックの第34問です。
27歳の女性。朝起床しようとして、足に力が入らず歩行困難となったことを主訴に来院した。昨日までは普通に歩行していた。下痢と嘔吐とはみられない。血圧102/68mmHg。両下肢の筋力が同程度に低下している。血清生化学所見:Na 139mEq/L、K 1.7mEq/L、Cl 114mEq/L、クレアチニン0.9mg/dL。動脈血ガス分析(自発呼吸、room air):pH 7.26、PaO2 111Torr、PaCO2 24Torr、HCO3- 16.1mEq/L。 診断はどれか。 (100I34より)
急性発症の両下肢の筋力低下を主訴に来院した27歳女性の症例です。下痢と嘔吐がないことをわざわざ述べている点が引っかかります。
検査所見
さっそく検査所見をチェックしましょう。血圧は120/80mmHg以下なので正常です。
血液検査の所見は以下の表でまとめました。表の左側に基準値を記し、右3列で本症例の測定値、基準値との比較、病態をまとめました。
検査項目 | 男女別 | 基準値(下限) | 基準値(上限) | 単位 | 症例 | 基準値との比較 | 病態 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
生化学検査 | 総蛋白(TP) | 6.5 | 8 | g/dL | ||||
アルブミン(Alb) | 4.5 | 5.5 | g/dL | |||||
尿素窒素(UN) | 9 | 20 | mg/dL | |||||
クレアチニン(Cr) | 男 | 0.7 | 1.2 | mg/dL | ||||
クレアチニン(Cr) | 女 | 0.5 | 0.9 | mg/dL | 0.9 | → | ||
尿酸(UA) | 男 | 3 | 7.7 | mg/dL | ||||
尿酸(UA) | 女 | 2 | 5.5 | mg/dL | ||||
随時血糖 | - | 139 | mg/dL | |||||
空腹時血糖(FBS) | 50~70 | 110 | mg/dL | |||||
総コレステロール(TC) | - | 220 | mg/dL | |||||
トリグリセリド(TG) | 30 | 135 | mg/dL | |||||
HDLコレステロール | 40 | - | mg/dL | |||||
LDLコレステロール | 30 | 139 | mg/dL | |||||
Na | 136 | 148 | mEq/L | 139 | → | |||
K | 3.6 | 5 | mEq/L | 1.7 | ↓ | 低K血症 | ||
Cl | 96 | 108 | mEq/L | 114 | ↑ | 正常AG性代謝性アシドーシスの高Cl血症 | ||
Ca | 8.4 | 10 | mg/dL | |||||
P | 2.5 | 4.5 | mg/dL | |||||
Fe | 男 | 59 | 161 | μg/dL | ||||
Fe | 女 | 29 | 158 | μg/dL | ||||
免疫学検査 | C反応性蛋白(CRP) | - | 0.3 | mg/dL | ||||
動脈血ガス分析 | pH | 7.35 | 7.45 | 7.26 | ↓ | アシデミア・代謝性アシドーシス | ||
PaCO2 | 35 | 45 | Torr | 24 | ↓ | 呼吸性の代償性変化 | ||
PaO2 | 80 | 100 | Torr | 111 | ↑ | |||
HCO3- | 22 | 26 | mEq/L | 16.1 | ↓ | 尿細管におけるHCO3-再吸収障害 |
血清Na濃度は正常です。低K血症と高Cl血症が見られます。動脈血ガス分析では、アシデミア、重炭酸イオン()低値、PaCO2低値、PaO2高値が見られます。
病態分析
次に、病態分析を行いましょう。
まずpHが7.35を切っていることから、アシデミアがあります。この時点で呼吸性アシドーシスもしくは代謝性アシドーシスが考えられます。
PaCO2(酸)低値とHCO3-(塩基)低値であることに着目すると、HCO3-低値による代謝性アシドーシスに対して、PaCO2が代償性に低下していると理解できます。
PaCO2の代償性変化の予測範囲は、
です。一方、実測のPaCO2の変化は16です。これは予測に比べて低下しすぎていることになります。
代謝性アシドーシスに対してはアニオンギャップ(AG)を計算します。
主な陽イオンである[Na+]は139であるのに対し、主な陰イオンの合計は[Cl-]+[HCO3-]で130です。よってアニオン(陰イオン)ギャップ、略してAGは、9 [mEq/L]です。AGの基準値は12±2 [mEq/L]なので、AGは開大していません。よって測定されない陰イオン(ケトン、乳酸、アルコール、尿毒素)は増加していないと言えます。
したがって、この代謝性アシドーシスは正常AG性代謝性アシドーシスです。このタイプでは、HCO3-減少をCl-増加で補うことで電気的中性が保たれます。よって、正常AG性代謝性アシドーシスは高Cl性代謝性アシドーシスとも呼ばれます。
正常AG性代謝性アシドーシスの鑑別疾患は尿細管性アシドーシス、腎不全、下痢、副腎不全です。
診断
下痢があれば、下痢による腸液(塩基)の喪失で代謝性アシドーシスが生じたと説明できるが、今回は下痢はありません。
低K血症の代謝性アシドーシスであることに注目して、尿細管性アシドーシス(RTA, Renal Tubular Acidosis)と診断します。
原発性アルドステロン症、Bartter症候群、Liddle症候群では代謝性アルカローシスになることに注意。
まとめ
塩基(HCO3-)低下を酸(PaCO2)低下で補う代謝性アシドーシスに対しては、AGを計算する。正常AG性代謝性アシドーシスでは、HCO3-低下を補うために高Cl血症になる。
尿細管性アシドーシス(I型、II型)では低K血症が特徴的である。
参考
- 『病みえ 腎・泌尿器 第3版』