『計算論的精神医学』
今回は「計算論的精神医学」という聞き慣れない分野を取り上げる。
私は、この本のタイトルを見て初めて「計算論的精神医学」という言葉もしくは概念に触れた。
正直に言うとこの本を目にした時、「計算論的精神医学ってなんじゃい」という思いを抱いた。
本記事の読者の諸君におかれても、同感だろう。そこで、この学問分野の紹介を試みる。
まず
まず精神医学は、統合失調症やうつ病、ASDといった精神疾患を扱う、医学の一領域である。計算論というのは、情報処理の過程で行われる計算についての理論のことである。
計算論的精神医学は、要するに計算論的な精神医学のことであると言ってみて、もちろん何の説明にもなっていない。ちなみに、英語では"Computational Psychiatry"である。
「計算論的精神医学」とは
「計算論的精神医学」とは、一言で言うとしたら、脳をコンピュータとみなし、精神疾患をコンピュータの不具合であると解釈する精神医学のことである。コンピュータの不具合であるという部分を数式的にしっかり表現しようとする。
そのモチベーションは、従来の精神医学が精神疾患の本質に上手く迫れていないという不満である。たとえば、本書では、精神疾患の疾病分類は生物学的妥当性に欠くと指摘されている。
もう少し詳しく
計算論定精神医学の内容を少し詳しく説明すると次のようになる。
脳は、外部から得た情報を分析して、自身の行動を決定する。この過程で、情報処理のために「計算」を脳は行っている。
「計算論的精神医学」では、脳が行う計算を定式化し数理モデルを作る。実際に使われる代表的な数理モデルは、生物物理学的モデル、ニューラルネットワークモデル、強化学習モデル、ベイズ推論モデルである。
まとめると、計算論的精神医学は、精神疾患を情報処理理論で数理モデル的に説明することを試みる学問分野である。理論駆動型アプローチをとることが特徴である。
いくつかのコメント
計算論的精神医学に対して、いくつかのコメントを考えた。
まず、モデルで精神疾患を上手く説明できたら、精神疾患を理解したことになるのかという問題がある。モデルは結局、患者集団の最大公約数的な位置付けである。個々の患者の問題を完全にモデルに還元することはできないだろう。
ただ、モデルで疾患を説明しようとする姿勢は、西洋医学全般に当てはまることなので、これで良いと言えばこれで良いのだろう。
しかし、体の問題を数理モデルで説明することと、心の問題を数理モデルで説明することには大きな隔たりがある。計算論的精神医学は、心を数式で表現することはできないと信じる人びとにとっては受け入れにくい発想だろう。
もう一つの視点としては、医学たるもの治せれば万事OKというのもありである。結局、理論に基づいて精神疾患の治療法が上手く見つかるならば、それでOKなのである。
KEYWORDS
以下に本書のキーワードを列挙する。
- 抗精神病薬
- 疾病分類学
- バイオマーカー
- 説明のギャップ
- Multifinal性
- Equifinal性
- Marrの3つの水準
- 計算理論
- 表現とアルゴリズム
- 実装
- 報酬予測誤差
- 理論駆動型
- データ駆動型
- 心身医学
- 生成モデル
- ニューラルネットワークモデル
- 強化学習モデル
- ベイズ推論モデル
- 事前分布
- 次元的方略
- モデル
- DSM-5
- ICD
- 精神障害
- 生物物理学的モデル
- イオンチャンネルのコンダクタンス
- 積分発火モデル
- 等価回路モデル
- ホジキン-ハックスリーモデル
- ソフトマックス関数
- アクター・クリティック関数
- TD学習
- カルマンフィルター
- 自由エネルギー原理
- 疾病分類
- アトラクターネットワーク
- ニューロン新生
- シナプス刈り込み
- 報酬系回路
- モデルベース強化学習
- モデルフリー強化学習
- フォースマッチング課題
- 階層ベイズモデル
まとめ
今回は、「計算論的精神医学」の紹介を試みた。今HOTな研究分野であり、今後の発展から目が離せない。
参考
- Cuthbert BN, Insel TR. Toward the future of psychiatric diagnosis: the seven pillars of RDoC. BMC Med. 2013;11:126. Published 2013 May 14. doi:10.1186/1741-7015-11-126
リンク
- 計算論的精神医学研究室