今回は円城塔『Self-Reference ENGINE』(早川書房、2010年)に収載されている短編「Freud」を取り上げる。
話の始まりは、亡くなった父方の祖母の家を解体したところ、床下から22体のフロイトが出てきたことである。本作を一言で表すと、祖母の子供世代と孫世代の親族が集まり、大量のフロイトをどう処理しようかと議論を交わすナンセンスコメディである。
ここでフロイトというのは、オーストリアの精神病学者であって、精神分析の創始者である、あのジークムント・フロイト(Sigmund Freud、1856-1939)である。
家族会議の参加者は、祖母の子供世代が「僕」の父と母、伯父と伯母、叔父と叔母の6人であり、祖母の孫世代が「僕」と従兄、従弟の3人である。また、従妹は大量のフロイトを見て泣き出してしまったため、別の場所に連れて行かれた。
以下に各人の主な発言を抜粋する。
父: 「まあお袋らしいかな」
母: 発言なし
伯父: 「フロイトっていうか誰かを大量に盗むなんてことはできそうもない」
伯母: 「私の夢かしらねえ」
叔父: 「これはもしかしてフロイト全集ってやつなのか」
叔母: 「これ売れないかしらねえ」
「僕」:「本がなかったんだから読んでいないのじゃないか」
従兄: 「盗むとかなんとか以前に、大量にってところがそもそも無理なのだ」
従弟: 「今どきもくそも、そもそも家にフロイトなんて置きたくない」
家族会議で各人が好き勝手に発言し、ある意見にある人は同意し、別のある人は反対するという調子で会議がナンセンスに進行していく、あるいは進行していかない。ここで興味深いのは母の発言がまったく無いことである。
もうひとつ興味深いことは、フロイトの数として登場する「22」という数字が本書(文庫版)に収められている短編作品の数と一致していることである。この数の一致から、各短編作品がフロイトの一体一体と対応していることが想定できる。一短編が短編集全体について言及しているということで、これはある種の「自己言及」(Self Reference)になっていると言える。
以上、「Freud」を取り上げた。本日もお読みくださりありがとうございました。
文字数
16【ページ】×17【行/ページ】×40【文字/行】×0.8≒8700【文字】