恒星間ボトルメール

Interstellar Message in a Bottle

自然界~不可視のからくり箱~

 今回は、円城塔SF小説Self-Reference ENGINE』(早川書房、2010年)に収載されている短編「Box」を取り上げる。本作は、主人公の家に代々伝わる奇妙な箱から連想して、自然科学の営みについての思索に辿り着く、味わい深い作品である。

 主人公の家には奇妙な風習がある。その風習とは、一年に一度、蔵の奥に置いてある1メートル立方ほどの四角い箱をどこかの方向へ倒して元に戻すというものである。主人公は、この箱には何らかの空繰りがあり決まった順番で箱を倒すことで箱が開くのかもしれないだとか、あるいはこの箱は先祖のいたずらに過ぎないのではないかなどと想像している。そして主人公の思索は、自然科学の核心的な不安に至る。それが次の一節である。

「僕が開けたいのはこの箱ではない。何気ない顔をして僕らを包む、自然現象とか呼ばれる不可視の箱だ。開けられるようにできているのかも知られず、壊すことができるのかもわからない、奇妙な箱だ。その存在すら、どういった意味でのことなのかを見定めることは難しい。」(p. 42)

 ここで、「箱」は自然界のアナロジーとして解釈できるのかと理解した。主人公が箱に対して「倒して元に戻す」という操作をするのと同様に、自然科学者は自然に対して実験という操作を行う。そして箱が開くことを主人公が期待するように、自然科学者は実験により、自然現象の謎が解かれることを期待する。しかし、自然は解かれるようにできているかは分からない。それは主人公の家に伝わる箱が解かれるようにできているのか分からないことに相当する。

 箱と自然の類似点については上で確認したが、箱と自然には相違点がある。箱はそこに存在しているので確かに存在しているといえるが、自然科学者が言う自然とはどのようなものなのか言い定めることは困難である。

 物理学者はこの世界を支配する究極の方程式を見つけようとしているが、究極の方程式がすべてを記述するわけではないだろう。ミクロからマクロまで様々な階層で様々な現象が起きており、自然科学者は手分けしてそれらを分析している。提唱される理論のうちの一部は自然現象をすっきり記述する。その意味においては、たしかに自然科学は成功している。しかし、この営みを続けた先に何が起きるのかは予測困難である。主人公は、自然の謎というパズルを解くための機械が「こちら側にパズルを投げ返してきたとしたら。それとももしかして機械の連鎖が、自分たちの処理能力をもってしても解体できないパズルを組み上げてしまったとしたら。」(p. 52)と心配している。

 本作品は、自然科学の道に分け入るときの土台を再考できる作品であった。『Self-Reference ENGINE』に収載されている別の短編もまたの機会に取り上げたい。  

 以下に文字数計算の結果を記す。
 全体で14ページ、1ページあたり17行、1行あたり40文字、紙面の80%が実際に文字で埋まっているとして、総文字数は14*17*40*0.8≒7600より約7600文字である。