恒星間ボトルメール

Interstellar Message in a Bottle

語りのフォーマット

 オチのない話は敬遠される。誰かが長々と話をしてオチもなく話を終えると、聞き手は結局何が言いたかったのかが分からずつまらない話を長々と聞かされてしまったと思うことがあるかもしれない。オチのない話はつまらないから結局敬遠されるのだと言ってしまえばそれまでであるが、なぜオチのない話は嫌がられるのかを少し突っ込んで考えてみたい。

 学校の作文の授業で話は起承転結にしましょうだとか序破急にしましょうだとか教わったような記憶がある。ここで起承転結の結や序破急の序がオチに相当する。このように作文のフォーマットを指定するのは、人間どうしが文章でコミュニケーションする上である程度フォーマットが定まっているがほうが聞き手が処理しやすいからだろう。話の終わりは話の全体の中でも特に記憶に残りやすいところであるので話の終わりにもっとも言いたいことを持ってくることは理にかなっている。そして、一連の話のフォーマットも定まっているほうが負担が少ない。この2つの要因によって話の終わりにオチをもってくるという語り方が標準となったのだろう。

 結局、オチのない話は、当然オチがあるべき話の終わりにオチがなく、聞き手に結局話し手は何が言いたかったのだろうと考えさせる手間を作ってしまう。それゆえ聞き手はオチのない話を面倒に思うのだろう。