恒星間ボトルメール

Interstellar Message in a Bottle

できるがさき 理屈は後

 とりあえずやってみたらなぜか上手くいったという経験は誰にもあるだろう。本を読んでも結局よく分からず自分で実践してはじめて感覚がつかめるものである。

 たとえば文章を書くスキルについて考えてみよう。文章術を論じた本を読んで果たして文章を書く力が向上するだろうか。ブログや何かの場で量を書き公開し人からの評価を受けるなどして実践の場で揉まれていくことで文章力は伸びていくだろう。同じことがたとえば鉱物鑑定でも言える。図鑑の写真と解説をいくら読んでも本物の鉱物がもつ質感や佇まいは分からない。本物を見ることで初めて鉱物を見る目が育つ。

 仮に、この世界が何らかの理論に従っていてそれが言葉で的確に表現できるなら、本を読んで理屈を学べば実践もできるようになるだろう。しかし、言葉は現実の写しではなく、そもそもこの世界は理屈が先行しているのではない。ただ単に世界はあって、言葉も理論も後なのである。そんな世界において理屈に多くを期待するよりも、ただ単に「できる」ということに重きをおいたほうがはるかに賢明だろう。書を捨てよ町へ出よう。